2011/10/31 東松島-仙台

朝、窓の外を見ると雨が降っていた。
今日、出発するべきか迷う。
午前中のステージ解体のボランティアは、雨の為に無くなった。
しばらくすると晴れ間が見えてきた。
高畑君や横浜からの女子大生3人組に頼んで、リヤカーのペイントをしてもらう。
高畑君に「みんなでつなぐ 日本一周」と後方の板に書いてもらった。

リヤカー周りは、女子大生達に任せて少し席を外した。
1時間ほどして戻ってみるとリヤカーには、かわいらしい動物たちが描かれていた。
絶句!
おっさんが引っ張るリヤカーにしては、かわいすぎる。
しかし、任せた手前なにも言えなかった。ただ出来栄えは、まずまずだ。
正午をまわり快晴となった。
十三時、出発。

見送ってくれたのは、高畑君、斉藤さん、くぬぎさん、白塚さんの4人。
体育館の前を出発して濡れた砂利の上を進み、道路に出た。
湿っていてもさすがアスファルトだ。途端にリヤカーが軽く進むようになった。
100m位進んだところで彩ちゃんの車とすれ違う。車が止まり、わざわざ
車を降りて彩ちゃんが見送ってくれた。「工藤さん、いってらっしゃい!」と声をかけてくれた。
そう「さよなら」じゃなく「いってらっしゃい!」。
いつの日か、このリヤカーが「ただいま!」と戻って来る。
いつになるかは分からないが必ず戻って来る。

運河沿いを進み陸橋を渡る。陸橋越え、坂道をリヤカーで進むのはキツイ。
登りも大変だったが下りは更に難しい。気を抜くとリヤカーが勝手に後ろから押して来る。
目の前に坂が見える。重いリヤカーを黙々とひっぱる。
幸い人も来ないので歩道をゆっくり進めた。山を越えると海が道の横に広がった。太陽の光が水面に反射していた。

まだ二キロも進んでいないのに、汗ばんできた。Tシャツ一枚になり更に進む。
床屋の友野さんの家が見えてきた。看板には定休日と出ていた。
居るかわからないが、折角なのでインターホンを押す。
友野さんが顔を出した。チビは、まだ帰って来ていないとのこと。
日本一周の話をすると、リヤカーにメッセージを書いてくれた。
そして、メッセージ用のノートとペンを貰った。ありがとう友野さん。
「頑張ってください。」と声をかけてくれた。
必ず戻ってきます。     
友野さんと固く握手をして歩き始める。

坂道を上っていると、ピエロのいちろうくんがバイクで見送り来てくれた。
いちろうくんは、自分のバイクに付いてたダイソーの反射板を外してリヤカーに付けてくれた。
いちろうくんもリヤカーをひいてくれると言うので、お願いする。
この爺さん、侮れない。六四歳なのに、重いリヤカーをひいてガシガシと登っていく。
玄米パワー恐るべし!
僕もこれから玄米を食べるべきだ!

結局、丘を四つ越えてくれた。ありがとういちろうくん。
僕は、バイクで並走していたので体が冷えてしまいシャツを着た。

松島の市街に少し入ったところで、弁当屋さんの阿部さん二宮さんが駆けつけてくれた。
まず二宮さんが満面の笑顔でリヤカーをひいてくれた。
次に阿部さんが、少し照れながらリヤカーをひく。
僕と二宮さんは、車で300mほど先回りして待っていた。
阿部さんがやってきて、「通りすがりの子供にリヤカーをひかせようとしたら断われた。」と楽しそうに言った。リヤカーひくのも満更でも無かったみたいだ。

二人と別れて夕暮れの松島海岸を進む。
太陽が沈み、夜が訪れる前のほんのひと時、
横目に松島の島々を見ながら足を進めた。

トンネルをいくつか抜ける。
トンネルの中、車道を進むのはかなり怖かった。
さっき、いちろうくんが付けてくれた反射板が役に立った。

最後のトンネルに差し掛かった時、一人のチャリダーとすれ違う。立ち止まり少し話をした。彼は、僕と同じ愛知県民とのこと。日本一周中でボランティアしに陸前高田に向かう途中とのこと。来年、愛知でリヤカーをひいてもらうようお願いした。
別れ際、「良い旅を!」とお互いに声をかけあった。
このリヤカーは、これから先。この言葉を何回聞くんだろうか。

塩釜市街に入る。十八時、予定通りの時間だった。
体力は思ったより減っていない。思い切って次の多賀城市まで進むことにした。
空は真っ暗になったが、これからは市街地が続くので街灯が多く道は明るい。
車は多いが、人はあまり歩いていない。
自転車が車道を走って抜かして行く。リヤカーで歩道を塞いでいるからだろう。
ちょっと申し訳ない気がした。
歩道の幅とリヤカーの幅が同じくらいなので、とても気を遣う。
急に歩道が狭くなるところが幾つも有り、その都度引き返して車道を進まなくては行けなった。

スーパーの前で、久々に人が歩いていた。
若いカップルが前を歩いていた。抜かし際に多賀城の駅を聞いた。「2つ目の信号を右」と教えてくれた。リヤカーの後ろの文字に気付いた女の子が、「日本一周中なんですか?今日は、どこから来たんですか?」と目を輝かせて聞いてきた。
東松島からと答えると「きゃぁ!すごいっ!サインと貰っちゃおうかな!」とかなり興奮気味。「今日は、どこまで行くんですか?」と聞いてくる。
信号2つ向こうの多賀城の駅までと言えない雰囲気。
せ、せ、仙台まで行きます。と言ってしまった。
ここで恰好つける必要が有ったのだろうか?

多賀城の駅へ向かう信号のところで後ろ振り返ると、さっきのカップルが少し後ろを歩いていた。曲がるわけにいかなかった。僕のちっぽけなプライドと見栄が、僕を仙台に向かわせた。

仙台まで残り9キロの看板が見えてきた。
足の裏が痛くなり始めていた。腰も曲がらなくなりやけくそで歩いた。
集中力が途切れ途切れになり、時々リヤカーが縁石に乗り上げる。
コンビニで気分転換を兼ねてガムとおにぎりを買った。コンビニを出てくると、なにやら着飾った子供たちが、リヤカーの周りにいた。こんばんわと声を掛けようとしたら向こうから「ハロウィーン」と逆に挨拶された。面喰ってしまい兎に角なんか言わなくてはと「ハロウィーン」と返した。子供たちは、何か白けた感じで離れていった。
今日は、ハロウィンなんだ。「ハロウィーン」と言われたらなんて返すべきだったのだろう?
いくらかわいらしい動物の絵が描いたリヤカーひっぱてたって…。

足はいたくなるは子供たちには白けられるは、後半は踏んだり蹴ったりだ。
そんなことを思いながら歩いていると、禿げたおっさんが声を掛けてきた。
用心をしながら挨拶した。どこまで行くのか聞かれるので仙台までと伝えた。
「お兄ちゃん、このリヤカーで日本一周するのか?すごいねぇ!」やたらと感心してくれる。この企画の説明をするとますます感心してくれた。
最後に「俺は、リヤカーをひけないからこれ取っておいて!」と千円札をくれて「修理代に使ってくれ!」とさっさと帰っていった。慌てて追いかけて岩竹さんという名前だけ聞き出した。それ以上は、教えてくれなかった。
 目頭が熱くなった。

妙に力が湧いてきた。残り2キロ一気に歩き切った。

二二時二〇分、仙台の引き継ぎ地点「宿や萩」に着いた。

翌日、宿や萩のオーナーと

次回は、宿や萩で出会った三上さんが引き継いでくれます。

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2011/10/31 東松島-仙台 への3件のフィードバック

  1. 齊藤 由佳 より:

    大学生の齊藤です。
    お久しぶりです。お元気ですか?
    仙台までお疲れ様です。。
    リアカーが神奈川に来ることを楽しみにしてます。

  2. 石田健吾 より:

    石田です。
    いよいよ本格始動ですね~。
    昨日、あゆみ学園祭で宮崎さんと馬場さんが一緒だったので、リアカーの件良~くお願いしておきました( ´艸`)

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