2011/03/11 鰍沢口-内船 工藤レポート

企画の言いだしっぺの工藤です。

今回は、リヤカーの引き手が見つからず緊急出動しました。

 

今までの中でも有数のきついコース。

そして、予想外にたくさんの方からの差し入れや、支援金・ご声援など頂き、温かい時間を過ごせたコースでした。

 

2012年3月11日12時45分、名古屋から電車を乗り継ぎ7時間掛かってようやく山梨県鰍沢口駅に到着した。

何とものんびりした田舎の駅。

リヤカーを預かって頂いている遠藤さん宅へ向かう。

 

電話でお話した遠藤さんは、少し怖いオヤジさんの感じがした。

ちょっと緊張しながら、玄関先で呼びかける。玄関から出て来られたのは、とても穏やかな感じのオヤジさんだった。人は、顔を合わせてみないと様子は分からないもんだ。早速、リヤカーに「日本一周」ののぼりを取り付ける。遠藤さんに紐などを頂き取り付けを手伝ってもらった。「ありがとうございます。遠藤さん。」

 

今回の旅で、この「日本一周のぼり」の効果は、絶大だった。

これを作ってくれたしんちゃんありがとう。

 

いよいよリヤカー旅が始まる。

県道9号線を、南に向かって歩き始める。のんびりとした田舎の道。

集落を抜け上り坂が始まる。

今回の旅は、アップダウンが続く66キロを2日間で歩ききる予定。まぁ66キロ程度なら大したことじゃないと高をくくっていた。

気合を入れて登り始めた途端、1台の車が止まり中から若いお兄ちゃんが降りてきた。そしてスポーツドリンクのペットボトルを差し出して「お疲れ様!」と、さわやかに声を掛けてきた。

二宮さんは、少し前にリヤカーを見掛け、わざわざ差し入れのスポーツドリンクを買って戻ってきてくれたとのこと。企画の説明をしたところ、かなり興味をもってくれた。

差し入れを頂いた上に、さらに大チャンス到来!!

「もし良かったら、二宮さんもリヤカー引いてみませんか?」

聞いてみたところ、すんなり快諾頂く!

(ゲットーー!!!)

静岡県興津からのリヤカー引きをゲットしました。

しかもかなりノリの良い好感の持てる方でした。

連絡先を交わし、「有難うございます。」と伝え別れた。

(半信半疑だったのですが、後日二宮さんたちに興津から静岡市まで本当にリヤカー引いてもらうことになった。ありがとうございます。)

 

開始10分にしてやる気200%です。少し息があがってきたが、さらに上り坂を上る。

ちょっと前のめり気味でリヤカーを引いていると、ワンボックスカーがスピードを落とし横に来た。窓から作業着を着た方たちが、「がんばれよー!」と声援を送ってくれる。それからビニール袋にみかんやジュース、お菓子を入れて差し出してくれた。又も差し入れを頂く。

ワンボックスは、そのままスピードを上げて行ってしまった。「ワンボックスの皆さん、有難うございました。」

 

スタートから30分も経っていないのに2回も差し入れ有り。幸先の良い出だしだ。

 

トンネル手前で、カップルの方が車を止めて声援を送ってくれた。

ついでに「記念写真を撮らして!」と言われ一緒に写真を撮る。

 

なんだか妙に浮かれる。

 

次の駅「落居」で、横浜から応援に駆けつけてくれた「えいちゃん」と落ち合う。えいちゃんからは、今朝、合流連絡を受けた。勇気百倍!

写真は、J合流の瞬間えいちゃん側からパチリ。

オヤジ2人の珍道中が始まった。

TOKYOリヤカーナイト以来の再会。近況を話しながら足を進める。

通りすがる集落の人達に「こんにちは」と愛想を振りまきながら進んでいると、後ろから若いお父さんと子供が追っかけてきた。そして、「頑張ってください。」とお茶のペットボトル2本と暖かい声援を頂く。「ありがとうございました。」

 

震災が起きた2時46分にサイレンと弔砲(花火)をあげると町内放送が流れる。暫くしてサイレンが鳴り、弔砲が上がる。道の脇にリヤカーを停め、二人とも黙祷をする。

 

そしてまた県道をのんびり進む。

巨大はんこのオブジェの前で記念写真。

この辺り六郷は、「はんこの町」として有名らしい。知らなんだ。

 

峡南橋東詰の交差点手前に差し掛かった時、女性がビニール袋に栄養ドリンクと入れて追っかけて来た。少し手前で通った調剤薬局の方だった。「日本一周」の旗を見て慌てて追いかけてきたとのこと。またしても差し入れ頂く。「ありがとうございました。」

 

なんちゅう幸運だろう。今回は、興津まで歩き抜くことだけに集中していただけに、この予想外の展開は只々感謝。

その後、橋を渡り風の強い国道52号に入る。途端に交通量が増えた。時々、車越しからの声援を受けながら進む。歩道の無い個所も多く渋滞の原因になりながら進む。運転手の皆さん、ご迷惑をおかけしました。

 

二人の話は、夕飯をどうするか?ばかりになってきた。

とりあえず身延駅まで行く間に、山梨名物の「ほうとう」を食べることで一旦収まる。

 

日も沈み、かなり冷え込んできたところで、結局、店が無く身延駅まで来てしまった。

駅前のお食事処 ゆたか屋さんで夕飯を食べることにした。

店先の駐車場にリヤカーを停めて鍵を掛けていると、近所にお住いのモチヅキさん家族に声を掛けられた。

リヤカーの企画とチラシを渡ししばらく旅の話をする。食事をしに来ていた山本さんも加わり記念写真を撮った。

 

余談だが、このチラシもかなり役立ちました。チラシを作ってくれた神宮さんありがとう。

 

店に入り、待ちに待った「ほうとう」を食べる。とてもおいしく冷えた体が温めてくれた。

再び外の寒空の下へ出るのは、かなりの気合が必要だ。

お勘定に向かおうとしたところ、お店の女将さんが話かけてきた。

リヤカー旅の話をするととても共感して頂き、親方とお店の方たちと写真を撮る。

合わせてまたまた差し入れと、カンパのお金を頂く。

俄然、もうひと頑張りする気になった。「ゆたか屋の皆さん、ありがとうございました。」

 

真っ暗な県道の坂道を、息を切らせて上る。かなり前傾姿勢で一歩ずつゆっくり登っていく。以前参加の石田さんが、リヤカーを夜間使用にしてくれていて大助かりです。反射板とか交通誘導用の棒、大活躍dした。「ありがとうごさいます。石田さん。」

 

えいちゃんが、星が綺麗だと言うもリヤカーを引く事で精一杯の僕はそんなこと構っていられなかった。その後、交代して空を見上げると確かに空一面の星空。

最近見た星空の中では格段に綺麗な空だった。

 

九時をまわり30キロ程度まで進んだ。もう少し進むかどうかで二人の意見が割れた。結局、今日中に33キロは進みたい僕の我がままを聞いてもらい、もう一駅進むことにした。

が、ここから辛かった。真っ暗な県道を、二人で交替しながらリヤカーを引く。疲れで足が痛くなってきた。もう一駅進むといってもまだ4キロほどある。進もうと言った僕が、「もうやだ!やめよう!帰ろう!」と喚き始めていた。そんな時、一台の車が追い越した先で止まった。出てきたのは、さっき食堂の前でお話したモチヅキさんだった。家でブログを読んでくれて差し入れ持って追っかけてきてくれたのだった。暖かい紅茶とから揚げの差し入れ。途切れていた集中力もお陰様で復活です。「頑張って下さい。」と言葉を残し去って行く車に向かってお礼を言う。すぐに紅茶を頂く。二人ともテンションが急に上がる。モチヅキさん、本当にありがとうございました。恐らくこの差し入れが無かったら、次の内船駅までは進めませんでした。「ありがとうございました。モチヅキさん。」

 

やっとの思いで内船駅到着。すでに夜十時をまわっていた。

田舎の集落は、既に静まりかえっていた。

リヤカーを見つけた駅の方が、駅の休憩室で泊まればと提案してくれた。とてもありがたかったのですが、落ち着かないのでもう少し先の野球場を目指すことにした。

ところが、野球場は見つからず道路の脇道を入ったところを野宿ポイントにした。

 

早々にテントを張り、寝袋に潜り込んだ。就寝。

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2011/03/11 鰍沢口-内船 工藤レポート への2件のフィードバック

  1. rearcar01 より:

    オーナー、お久しぶりです。
    そういえば、えいちゃんとも、仙台ゲストハウス宿や萩
    お会いしたんでしたね!
    オーナーのブログ
    相変わらずナイスです。

    宿や萩メンバーからは、たくさん協力頂いております。

    あおりがとうございます。

    工藤

  2. 星がキレイだったなんてロマンチックなこと言いますね~。
    そういえばあの日の夜はとても星がキレイだったんですよ。

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